2026年1月10日に台北ドームで開催された第40回ゴールデンディスクアワード(GDA)で、史上初となる「Naver AI Choice Award」が新設されました。受賞したのはBOYNEXTDOOR(ボイネクストドア)。
この新設賞は、K-POP業界におけるAI活用の象徴的な出来事です。実は今、K-POP業界では授賞式だけでなく、音楽番組の制作、オーディション審査、そしてアイドルそのものまで、あらゆる分野でAIが活用され始めています。
この記事では、K-POP業界へのAI進出の現状と、4大事務所(HYBE、SM、JYP、YG)それぞれの戦略を徹底分析します。
GDA 2026「Naver AI Choice Award」とは
第40回ゴールデンディスクアワードは、韓国最古の音楽授賞式として知られ、「韓国のグラミー賞」とも呼ばれる権威ある賞です。今回は40周年という記念すべき節目であり、台湾・台北ドームで開催されました。
注目すべきは、今回新設された「Naver AI Choice Award」です。この賞はNaverのAI技術を活用して選定されたもので、BOYNEXTDOOR(ボイネクストドア)が受賞しました。
詳細な選定基準は公開されていませんが、K-POPの授賞式においてAIが公式に関与する初めてのケースとして業界内外で注目を集めています。
K-POP業界におけるAI活用の現状
GDAでのAI賞新設は、K-POP業界全体で進むAI活用の一端に過ぎません。現在確認されている主な事例を見ていきましょう。
1. 音楽番組制作:KBS「VVERTIGO(バーティゴ)」
KBSの人気音楽番組「ミュージックバンク」では、2018年からAI自動編集システム「VVERTIGO」が導入されています。
このシステムは顔認識技術で個々のメンバーを特定し、8K映像から自動でソロショット(個人カメラ映像)を作成します。ミュージックバンクのYouTubeチャンネルは946万人の登録者、総再生回数1,020億回以上を誇り、世界中のファンが「推しメンバーの個人カメラ映像」を求めています。
従来は複数カメラと手作業の編集が必要でしたが、VVERTIGOによりグローバルファンを満足させながら制作費を削減することに成功しました。この技術は2025年1月のCES 2025でも展示され、国際的な注目を集めています。
2. オーディション審査:MBC「A-IDOL」
2025年8月に放送されたMBCの「A-IDOL」は、世界初のAI審査オーディション番組として話題になりました。
AIプロデューサー「LODIA-I(ロディアイ)」が、LIGHTSUM、PURPLE KISS、woo!ah!、DreamNote、ICHILLIN’、CSRの6グループ36名のパフォーマンスをリアルタイムで評価。ボーカル、ダンス、ステージプレゼンス、スタイリングの4項目でAIが審査を行いました。
ただし、番組放送後にはLODIA-Iの発音ミスやバッファリングの問題、評価基準の不明確さが指摘され、AI審査の信頼性に疑問の声も上がりました。これはAI審査の「概念実証(プルーフ・オブ・コンセプト)」として、今後の改善に向けた貴重な教訓となっています。
3. 番組制作全般:MBC「プロデューサーが消えた」
MBCは2024年に「プロデューサーが消えた」という実験的なバラエティー番組を放送しました。この番組では、AIが番組の企画から出演者選び、演出、さらには出演料の精算まで担当するという前例のない試みが行われました。
これは「どこまでAIに任せられるか」を探る実験であり、将来的な制作費削減の可能性を示唆するものでした。
4大事務所のAI戦略を徹底分析
K-POP業界の4大事務所(HYBE、SM、JYP、YG)は、それぞれ異なるアプローチでAI戦略を展開しています。
HYBE:技術会社への変貌
HYBEはパン・シヒョク会長のもと、「Enter-Tech企業」として自らを再定義しています。
Supertone買収(2022年9月)
HYBEは2022年9月、韓国のAI音声スタートアップ「Supertone(スーパートーン)」を約3,200万ドル(約46億円)で買収しました。Supertoneは「本物の人間と区別がつかないほどハイパーリアリスティックで表現力豊かな音声」を生成する技術を持ち、Disney、Netflixとも提携しています。
SYNDI8デビュー(2024年6月)
2024年6月27日、Supertoneからバーチャルガールズグループ「SYNDI8(シンディエイト)」がデビューしました。4人のバーチャルメンバー(Canary、Nest、Goyo、Raven)で構成され、完全にAI生成されたボーカルで楽曲を制作しています。
SYNDI8は架空の世界「Nansy Land」に存在し、それぞれが異なる種族に属するという世界観を持っています。デビューシングルアルバム「MVP」には「ATOTA」「My Fantasy」「True Color」の3曲が収録されています。
注目すべきは、HYBEが技術そのものを外販しようとしている点です。Supertoneの技術はK-POP以外の市場も視野に入れており、エンターテインメント業界全体へのAI技術提供を目指しています。
SM:世界観の拡張
SMエンターテインメントは長年、「SMカルチャーユニバース」という独自の世界観を構築してきました。その延長線上に、AIアイドルがあります。
naevisデビュー(2024年9月)
2024年9月10日、SMは初のバーチャルアーティスト「naevis(ナイビス)」をデビューさせました。navisは元々、ガールズグループaespa(エスパ)の世界観に登場するキャラクターでした。リアルワールドとデジタルワールド(KWANGYA)を行き来でき、aespaのメンバーを助ける協力者として2020年から登場していました。
naevisの特徴は以下の通りです:
- AI合成ボイス:人間の声をベースにAIで生成
- 生成AIビジュアル:LG Uplusの「Ixi-Gen」を活用
- フレキシブル・キャラクター:プラットフォームに合わせて柔軟に変化
デビュー曲「Done」のミュージックビデオでは、濃い青色のボブヘアにジーンズ素材の衣装をまとい、キレのあるダンスを披露。ファンの反応は賛否両論で、CGI技術に感心する声がある一方、「顔がマネキンのようだ」という意見も見られました。
SMは2025年第1四半期にnaevisのEP(ミニアルバム)リリースを予定しており、AIアイドルの商業化を本格的に進めています。
JYP:ファンとの対話を重視
JYPエンターテインメントは2025年9月3日、子会社Blue Garage(ブルーガレージ)と協業してAIアーティスト開発を発表しました。
JYPのアプローチは他社と大きく異なります。彼らが探求しているのは:
「AIがファンの名前を呼び、対話できる存在になれるか?」
つまり、単なるバーチャルアイドルではなく、ファン一人ひとりと個別に関係を築けるAIを目指しています。既存のバーチャルアイドル(PLAVE、naevisなど)とは一線を画す、新しいタイプのAIアーティストを構想しています。
これを実現するため、JYPは17職種で大規模採用を実施しました。シナリオライター、音楽プロデューサー、マーケティングから、3Dモデリング、UXデザイン、LLM(大規模言語モデル)開発まで、多岐にわたる人材を集めています。
Blue GarageのCEOチョン・ミンジョン氏は「これはAIを通じてエンターテインメントの本質を再創造する初の試み」と述べ、「JYPの比類なきクリエイティブ/ファン力とAIイノベーションを組み合わせ、グローバルK-コンテンツのもう一つの未来を提示する」と語っています。
YG:慎重なアプローチ
一方、YGエンターテインメントは比較的慎重な姿勢を取っています。
自社でのAI開発よりも、すでに実績のあるバーチャルグループPLAVE(プレイブ)のディストリビューションに対応するなど、検証済みの技術との提携を優先しています。
これはYGの企業文化を反映していると言えます。YGは伝統的に「実力主義」を掲げ、独自のキャラクターや個性を重視してきました。AI技術についても、十分な検証を経てから本格導入する方針と見られます。
なぜ今K-POP業界にAIが急速に進出しているのか
K-POP業界にAIが進出している背景には、いくつかの要因があります。
1. グローバルファンへの対応
K-POPは今やグローバルコンテンツです。しかし、世界中のファンに個別対応するには、人的リソースが圧倒的に足りません。
AIを活用することで、多言語対応、個人カメラ映像の自動生成、ファンとの24時間対話など、これまで不可能だったサービスが実現可能になります。
2. 制作費の削減
K-POPコンテンツの制作には膨大なコストがかかります。音楽番組、ミュージックビデオ、リアリティ番組、コンサート映像など、すべてにおいて高い制作費が必要です。
AI編集技術やAIプロデュースは、これらの制作費を大幅に削減する可能性を秘めています。
3. 新しいIP・収益源の開拓
人間のアイドルは休息が必要ですし、スキャンダルのリスクもあります。契約交渉、メンタルヘルス、兵役(韓国の男性アイドルの場合)など、様々な制約があります。
一方、AIアイドルは24時間365日活動可能であり、コントロールしやすいというメリットがあります。事務所にとっては、新しいIP(知的財産)と安定した収益源になり得ます。
ファンにとっての影響
AI技術の進出は、ファンにとってもメリットとデメリットがあります。
メリット
- 推しのコンテンツが増える(個人カメラ映像、多言語コンテンツなど)
- AIアイドルとの個別対話が可能になる可能性
- 24時間コンテンツを楽しめる
デメリット・懸念
- 人間のアイドルの仕事が奪われる可能性
- AIアイドルに「感情」はあるのか?という哲学的疑問
- 著作権や倫理の問題(AI生成コンテンツの権利は誰にあるのか?)
今後の展望
K-POP業界へのAI進出は、今後さらに加速すると予想されます。
予測1:AI審査・選定の拡大
GDAでの「Naver AI Choice Award」は始まりに過ぎません。今後、他の授賞式(MAMA、MMA、SMAなど)でもAIを活用した選定プロセスが導入される可能性があります。
予測2:AIアイドルの増加
2024年〜2025年にかけてSM、HYBEがAIアイドルをデビューさせ、JYPが開発を発表しました。2026年以降、AIアイドル市場は急速に拡大すると予想されます。
予測3:ファンダムの分岐
AI技術の進出により、ファンダムは「AI肯定派」「AI懐疑派」「共存派」に分かれる可能性があります。
予測4:著作権・倫理の課題
AI生成コンテンツには、著作権や倫理の問題が伴います。韓国では「生成型AI著作権ガイド」の整備が進んでいますが、国際的なルール作りはこれからです。
まとめ
K-POP業界へのAI進出は、もはや「未来の話」ではなく「現在進行形」です。
- GDA 2026で「Naver AI Choice Award」が新設され、BOYNEXTDOORが受賞
- 音楽番組制作(VVERTIGO)、オーディション審査(A-IDOL)でAI活用が進行中
- HYBE(SYNDI8)、SM(naevis)がAIアイドルをデビューさせ、JYPも開発を発表
- 今後、AIアイドル市場の拡大と、ファンダムの分岐が予想される
K-POPとAIの融合は、エンターテインメントの新しい時代を切り開くかもしれません。ファンとして、この変化をどう受け止めるかは、一人ひとりの判断に委ねられています。